61歳男性の事例

      2017/07/22

これは私が聞いた話です。

深夜一時、仕事から帰ってきたAさんは、帰ってくるなり、家族に声をかけるとトイレに入った。

5分たち10分たち……日ごろからトイレには長居するたちだが、どうも長すぎる。

心配になった妻がトインを覗くと、Aさんは体を傾け、壁に寄りかかっていた。

「どうしたの 大丈夫」と声をかけ、あわてて抱き起こそうとしたが、反応がない。首筋に手を当てて、妻は背筋が凍った。脈を打っていない!

自分の呼吸が激しくなる。落ち着かなくては、落ち着かなくては……。救急車を呼んだ。

10分ほどの時間が何時間にも思われた。ただ、夫の手を握りしめた。救急隊員の応急処置。CCU(冠動脈疾患集中治療室)のある病院を探す。運ばれて行った救急病院でも人工呼吸と心臓マッサージ、電気ショックが繰り返し、繰り返し施された。

倒れてから三時間がすぎた。午前四時一三分。必死の手当てのかいもなく、Aさんの心臓は二度と動き出さなかった。

心筋梗塞。
家族に別れのことばも告げず、あまりにも突然にAさんは逝った。六十一歳。まだまだ働きざかりの早すぎる死だった。

死亡する三年前、Aさんは軽い脳梗塞になっていた。

朝起きてコーヒーを飲もうとしたところ、カップを落とした。指に力が入らない。鉛筆の字も右に流れて判読できない。

血管造影の結果、脳の血管に小さい梗塞が発見された。 一避懺鵬蔭鵬発作との診断だった。さらに、脳動脈に血液を供給する血管が、全体にわたって細く切れそうになっているともいわれた。

「血管をきたえなくてはだめです。まず、たばこと睡眠薬をやめて、 一日一万歩は歩くようにしてください」

診断した医師から妻はこういわれたという。

深夜まで営業している飲食店を経営していたAさんは、昼夜逆転の生活をしていた。

一日にたばこは三箱以上。睡眠薬のハルシオンを常用し、飲まずには眠れなかった。若いころから肉食が好き。

170センチメートルの身長で、体重は八五キログラム。明らかに太りすぎでもあった。

高血圧で、降圧薬を飲んでいた。薬を服用しても、寝不足やストレスがたまると、最高血圧が二〇〇mm聴(ミリ水銀柱)をこえた。

総コンステロール値は二四〇mg/配(ミリグラム/デシリットル)をこえ、中性脂肪も二〇〇嘔/配はあった。

高脂血症といわれていた。注意しなくては、と不安を感じていた矢先の脳梗塞だった。

Aさんは医者の指示どおり、たばこと睡眠薬をやめ、 一日一万歩を歩く生活をはじめた。昼すぎに起きて明け方眠る生活を改めた。和食中心の食事に切り替え、体重も減った。

一年たち、土気色をしていた顔には、ほのかに赤みがさしはじめた。手の指の軽い麻痺はなおり、幸い後遺症はなにも残らなかった。そのまま、その生活を続けていれば、悲劇はおこらなかったかもしれない。

脳梗塞の症状が出てから三年めに入った。降圧薬を飲んで、血圧は一四〇/一〇〇舶Hgに落ち着いた。Aさんは調子がよくなったと感じた。脳梗塞のときの恐怖も薄らいでいた。

油断もあったのかもしれない。ワインならいいだろう――酒を飲みはじめた。せっかく苦労して改めた朝型の生活はまた、夜型二戻った。

六八キログラムまで減っていた体重も、八〇キログラムをこえた。忙しさを理由に、二週間に一度の通院も怠りがちになった。ただ、妻にとってきてもらう薬だけは、きちんきちんと服用していた。
心筋梗塞の発作の三ヵ月前。ゆるやかな坂がのぼれなくなった。

五~六メートル行くごとに、息切れし立ち止まる。太ったせいかと思った。 一ヵ月前、眠れなくなった。一枚眠れないだけではない。昼も眠れない。

精神安定剤を飲んでもだめ。眠りたいのに眠れない日々が続いた。そして、ガンガンとクーラーをきかせた部屋で、寒がる妻をよそに、暑い暑いと連発した。それでも、医者には行かなかった。

新装開店の準備が一段落するまで、と一日のばしにしていたのだ。

そして、その準備が終わった夜、Aさんは帰らぬ人となったのだった。

Aさんを助けることはできなかったのだろうかP 妻は今でも、あの日々を振り返る。どうすればよかったのか

今、私なら、あのときのAさんを助けられたと思います。

私なら、Aさんの体が発していた危機のサインを、確実に伝えることができただろう。そして、そのことでAさん自身が自分の体の危機を知り、否応なしに生活を変えるようになっただろうと確信をもつ。

何によってそれが可能なのか――。

それは、血液の流れの状態を知ること。自分の血液の流れを科学的に知り、さらにそれを自分の目で確認するということだ。あのころ、Aさんの血液はドロドロ状態だったはずだ。Aさんが自分自身の血液の状態を目にしていたら、けっして油断することなく健康のために生活を改善していただろう。

もし、Aさんが医者に早く行っていれば・・・

実は、私自身も、「あわや足の切断」という事態に直面している。

十数年ほど前、間欠性跛行(周期的に足をひきずること)を特徴とする下肢の慢性動脈閉塞症になってしまったのだ。

運動する筋肉が要求する酸素を十分に供給できなくなったため、 一〇〇メートルも歩くと足が痛くなって、しゃがみ込んでしまう。安静時に必要な酸素を供給できるだけの血流は残っていたので、しばらくすると痛みもやわらぎ、また歩けるようになる。

しかし、また一〇〇メートルも歩くと痛くなり、同じことを繰り返す。間欠性跛行があらわれてからしばらくすると、じっとしていても足に痛みが出るようになった。

これは安静時疼痛と呼ばれる症状で、血流が途絶える寸前までいったたいへんに危険な状態だ。そのまま推移すれば、太股から下が腐りはじめ、切断を余儀なくされる事態であった。

幸い、閉塞した動脈に対して、血管をバイパス(迂回)する側副血行路ができてくれ、血行が徐々に回復し、間欠性跛行もなおっていった。

私の血液を、あとに紹介する毛細血管モデルに流すと、血液は「ドロドロ状態」であることが多い。

血小板が凝集してかたまりになっている。血小板凝集能が高めなのだ。慢性動脈閉塞症になった当時、上司との対立が激しくなってどうにもならなくなっていた。ビールがなにより好きで、浴びるほどではなかったと思うが、相当大量に飲んでいた。

また、上手ではなかったが、よくテニスをしていた。それも、コートがとれないために、朝六時からの早朝テニスが多かった。テニス中、足に無理な力がかかったことはたしかである。

今思うと、どれも血小板の凝集能を高めるものであった。悪い条件が重なると、間違いなく、血小板血栓による動脈閉塞が生じることを身をもって体験したわけである。当時、毛細血管モデル装置ができていれば、ドロドロ状態の自分の血液を目の当たりにしたに違いない。

仕事上のストレスをかかえ、そのストレスの解消に酒を飲み、運動を行うなど、誰でもすることである。

適度であればなんの問題もなく、また、間違いなく病気になるのを防げたはずである。

しかし、適度か過度か、どうやってわかるのか。やはり、毛細血管モデル装置で血液の状態をみるしかない。

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